宇宙医学研究とは
宇宙は「微小重力環境」、「宇宙放射線環境」、「閉鎖環境」という、人間にとって非常に過酷な環境です。例えば、国際宇宙ステーション(ISS)のような微小重力の環境では、1Gという地球上の重力が身体にかかることがなくなりますので、骨や筋肉が弱くなります。
宇宙の環境は、人間の身体や精神状態にたくさんの変化をおよぼします。宇宙の環境が健康にどのような影響があるかを研究して、健康が害されるメカニズムをつきとめ、対策を生み出し、それらの影響を最小限に抑える努力を行って宇宙飛行士の健康と体力を維持することが「宇宙医学」の目的です。
宇宙医学研究では、元気な宇宙飛行士が宇宙に行き、宇宙で生理学的変化が起こり、宇宙滞在中に安定し、地球へ帰還してまた変化し、リハビリテーションの後に元の安定した状態に戻るまでのすべてのプロセスを、短期間で観察することができます。
宇宙医学研究では、打上げ前/宇宙滞在中/地球へ帰還後に、宇宙飛行士の医学データを取得して、宇宙滞在が人間の体におよぼす影響を研究しています。
http://iss.jaxa.jp/med/about/
宇宙滞在で遺伝子や腸内細菌叢が変化していた──双子の宇宙飛行士の比較研究
アメリカ航空宇宙局(NASA)は、一卵性双生児が基本的に同じDNAを有することに着目。2015年3月から340日間、国際宇宙ステーション(ISS)に滞在した宇宙飛行士のスコット・ケリー氏と、同時期に地上で生活していた一卵性双生児のマーク・ケリー氏を被験者として、宇宙環境がヒトにどのような影響をもたらすのかを解明する研究プロジェクト「ツインズ・スタディ」を立ち上げた。
その研究成果を2019年4月12日に学術雑誌「サイエンス」に公開した。これによると、遺伝子発現や認知機能、腸内細菌叢などにおいて、宇宙飛行特有の変化が認められたという。
染色体を保護する役割を担うテロメア(末端小粒)は加齢に伴って短くなるものだが、ストレスや環境曝露などの要因がその短縮ペースに影響をもたらすこともある。「ツインズ・スタディ」によると、宇宙飛行中、スコット氏の白血球のテロメアが長くなり、地上への帰還後、6ヶ月で正常に戻った。
宇宙飛行前、宇宙飛行中、帰還後にそれぞれスコット氏からサンプルを採集したところ、遺伝子発現にも変化が認められた。マーク氏も正常の範囲内で遺伝子発現に変化があったが、スコット氏のものとは異なっていた。スコット氏の遺伝子発現の変化のうち91.3%は帰還後、元に戻ったが、一部は帰還後6ヶ月経過しても残っていた。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/05/post-12076.php
世界初。宇宙飛行士が、軌道上で血栓の治療を受ける
先日発表された最新の論文が、国際宇宙ステーション(ISS)滞在中の宇宙飛行士に、重症化する可能性のあった血栓ができていたという、宇宙初の事例について詳述しています。
『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に掲載されたその論文によれば、ルーティンの一環として超音波検査が行なわれているNASA宇宙飛行士に「ある異常」が発見されたとき、その人は、6カ月間にわたるISSでのミッションの2カ月目だったとか。その異常とは、左内頸静脈の血流停滞を引き起こしていた「閉塞性血栓」だったのです。
この宇宙飛行士は、何も身体症状を感じていませんでしたが、乗組員たちにとってはまったくの未知の領域であり、地上の医者たちは、軌道上にいるこの患者を治療するよう課せられました。血栓が、微小重力環境でどのようにふるまうか見当がつかなかっただけでなく、宇宙空間にいることが、血液抗凝固剤の反応にどう影響するかもまったく分からなかったのです。
この宇宙飛行士が治療を始めると血栓は縮小し、ひと月後の供給ミッションではISSに血液抗凝固薬と念のための拮抗薬が届けられました。そして血栓自体は地上に戻ってから10日後には消失、6ヶ月後にはその宇宙飛行士は完全に回復したようでした。
https://www.gizmodo.jp/2020/01/perilous-blood-clot.html
宇宙滞在が精子受精能力に及ぼす影響
大阪大学微生物病研究所の大学院生の松村貴史さん(当時:大阪大学薬学研究科博士後期課程/現在:横浜市立大学日本学術振興会特別研究員)、野田大地助教、伊川正人教授らの研究グループは、筑波大学医学医療系の高橋智教授ら、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究により、宇宙に滞在したマウスの精子が正常な受精能力を持っており、次世代マウスの成育・繁殖能力においても親世代の宇宙滞在の影響は見られないことを世界で初めて明らかにしました。
これまで、技術的な問題から、哺乳類実験動物を宇宙空間で飼育し、地球へ生還させることは困難でした。本研究グループは独自に開発した小動物飼育装置を用いて、国際宇宙ステーション・「きぼう」でマウスを飼育し、全頭生還させ、オス生殖器官や精子受精能力への宇宙滞在の影響を世界で初めて明らかにしました
宇宙に滞在したマウスの精子産生能力には顕著な異常は見られず、健康な次世代マウスが誕生しました。さらに、次世代マウスの成育・繁殖能力においても、親世代の宇宙滞在の影響は観察されませんでした。
将来人類が宇宙へ活動領域を広げるにあたっての基礎的な知見の蓄積に貢献できます。
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190924_1
宇宙滞在による免疫機能低下の機構を解明
理化学研究所(理研)生命医科学研究センター免疫恒常性研究チームの秋山泰身チームリーダー、粘膜システム研究チームの大野博司チームリーダー、筑波大学の高橋智教授、宇宙航空研究開発機構の白川正輝グループ長、東京大学の井上純一郎教授らの共同研究グループは、宇宙の無重力環境を経験することにより、リンパ器官である「胸腺」が萎縮すること、その萎縮は人工的な重力負荷で軽減されること、また、胸腺細胞の増殖が抑制されることによって萎縮が起きるという仕組みを発見しました。
これまで、宇宙滞在による免疫機能の低下が報告されてきましたが、その機構については多くが分かっていません。本研究成果は、免疫機能に関与する胸腺と重力の関係を明らかにするもので、将来の月・火星有人探査や民間の宇宙旅行などの際に必要な健康管理や、免疫系異常の予防に貢献すると期待できます。
https://www.riken.jp/press/2019/20191227_3/
無重力でがん細胞を無力化できる…? 国際宇宙ステーションで実験へ
2020年、国際宇宙ステーションにおいて、豪シドニー工科大学のジョシュア・チョウ博士を中心とする研究チームにより「無重力によってがん細胞を無力化するかどうか」を検証するミッションが行われることとなった。
研究チームでは、「重力をなくしたら、がん細胞で何が起こるのか」をシミュレーションするため、内部に小型遠心分離機をつけたティッシュ箱サイズの微小重力デバイスを制作した。このデバイスを使って、卵巣がん、乳がん、鼻腔がん、肺がんの4種類のがん細胞を微小重力環境においたところ、8割から9割のがん細胞が無力化した。
そしていよいよ2020年初めに、米国のスペースXに出向いて、サンプルのがん細胞を実験モジュールに積み込む。国際宇宙ステーションでの実験でも、シミュレーションと同様の結果が得られれば、微小重力環境を活用した新たな治療法を開発につながるとして、研究チームでは大いに期待を寄せている。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/12/2020-14.php
宇宙医学研究の成果を高齢者医療に役立てる
骨密度低下と聞けば高齢者をイメージするが、無重力空間に滞在する宇宙飛行士もそれが問題視されている。
「宇宙飛行は加齢変化の加速モデル。予防的対策をきちんと実践すれば、骨量減少や筋萎縮のリスクは軽減できる」「骨・筋肉・体内リズムなどは、宇宙飛行士と高齢者に共通する医学的課題であり、宇宙医学は地上の医学を活用して宇宙飛行の医学リスクを軽減している。宇宙医学の成果は、中高年者の健康増進の啓発に活用できる」と地上の医学と宇宙医学の相互性を強調した。
https://www.carenet.com/news/general/carenet/48263
向井千秋「きぼう」の完成で期待される「宇宙医学」の発展
宇宙医学とは宇宙という環境を使った、究極の予防医学だと思います。宇宙環境にかかわる身体への影響を予防して、元気に宇宙へ送り出した飛行士を、元気な姿で地球に戻すのが、宇宙医学の目的だと思います。そのためには、宇宙に滞在しているときや、帰還した後の健康維持や管理に必要となる医療技術の研究開発が必要です。
通常、地上で病院に行くときには、気持ち悪くなったとか、骨が弱くなったといった症状が出た状態のときです。患者さんは症状が進んだ状態で病院に来ますので、病気の初期状況を把握するのが難しいのです。一方、宇宙医学では、例えば、元気だった宇宙飛行士が宇宙酔いにかかって治るまで、あるいは、骨が弱くなって帰還してまた普通に戻るまでのすべてのプロセスを見ることができるのです。そのような点が宇宙医学研究の魅力だと思います。
https://www.jaxa.jp/article/interview/vol47/index_j.html